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東京簡易裁判所 昭和50年(ハ)1564号 判決

原告 社団法人日本出版協会

右代表者理事 上野国男

右訴訟代理人弁護士 佐々木元雄

被告 日本電信電話公社

右代表者総裁 米沢滋

右訴訟代理人弁護士 新宮賢蔵

右指定代理人 立川政明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一〇万円と、これに対する昭和五〇年七月二二日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を所有している。

2  被告は、昭和五〇年七月一日被告の東京野方電話局二四九六番の加入電話加入者であった訴外五十嵐清治の加入電話設置場所変更請求にもとづいて本件建物内に大塚電話局四二六三番の加入電話を設置し、同日より同年九月五日までの間本件建物一階事務室内の事務机の上に被告所有の電話機械を設置したことにより、本件建物の一部を占有使用した。

3  しかし、前記の被告の占有使用は、次の理由により違法である。

(1) 原告は予め被告に対し、本件加入電話設置場所変更工事の施工を口頭および文書をもって拒絶する旨の意思表示をしたにもかかわらず、被告は原告の承諾なくして強引にも一方的に同工事を強行し、原告の私有財産権を侵害した。

(2) たとえ被告の公衆電気通信業務が公共の福祉上必要であるとしても、個人の私有財産権を保護するため、本件のような工事を施工するに当っては、公衆電気通信法第八二条に準じて建物所有者と協議すべきことは勿論、同所有者に対し弁解、告知、聴聞の機会を与え、何らかの補償方法を講ずべきであるのに、本件の場合これを怠っている。

(3) 次に、本件の加入電話設置場所変更工事は、公衆電気通信法第二八条の定める要件に違背している。

すなわち、被告は、訴外五十嵐を代表者とする訴外日本読書新聞労働組合が本件建物一階事務室内に事務所を置き、同事務室を占有していると認定したが、右認定は次の理由により不当である。

イ 右訴外組合は労働組合としての規約が明らかでなく、実体上存在しているかどうか疑わしい。

ロ そうでないとしても、右訴外組合は右事務室内に事務所を置いた事実も、原告が同訴外組合との間に同事務室の使用に関する契約を締結した事実もなく、被告が電話機械を設備した事務机は、原告が通常の業務のため従業員である訴外五十嵐に使用させているものに過ぎず、同訴外組合に貸与、使用させた事実はない。

ハ 訴外五十嵐は、右訴外組合の書記長であるから、代表者ではない。

4  原告は、被告の右不法行為により、次のとおり合計金二〇万円の損害を受けた。

イ 慰藉料 金一〇万円

ロ 本訴提起につき昭和五〇年七月四日弁護士古川豊吉に対し支払った着手金、費用等金一〇万円

5  よって、原告は被告に対し、右損害のうち金一〇万と、これに対する本訴状送達の日の翌日より完済まで民事法定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否と主張

1  請求の原因1は、認める。

同2については、本件建物の一部を占有使用した事実を否認し、その余の事実を認める。

同3については、原告が予め被告に対し、本件の加入電話設置場所変更工事の施工を拒絶する旨の意思表示をしたにもかかわらず、被告は原告の承諾なく同工事をしたこと、被告は訴外組合が本件建物一階事務室内に事務所を置き、同事務室を占有していると認定したこと、訴外五十嵐は訴外組合の書記長であること、以上の点は認める。その余の点は争う。

2  被告は、公衆電気通信役務を合理的な料金で、あまねく、かつ公平に提供することを図ることによって、公共の福祉を増進することを目的とし(公衆電気通信法第一条)、そのために被告公社の予算の範囲内において、加入電話の設置についての加入電話加入申込があったときは、法定の免責条項に当る場合を除いて、右申込を承諾すべき法的義務を負っている(同法第三〇条、第三一条)。そしてまた、被告は、加入電話加入者から加入電話の設置場所変更請求があったときは、被告の定める条件、すなわち①技術上支障がないこと、②その工事などに必要とする費用を加入電話加入者が負担すること、③業務の遂行上支障がないこと、の条件が満たされる限り、右請求を承諾すべき法的義務を負っている(同法第三四条第一項、第三五条)。建物所有者の承諾は法律上施工の条件にはなっていない。

従って、被告が公衆電気通信法の定める目的遂行の範囲内において、必要やむをえない工法により設置場所変更工事を施工することについて、第三者はこれを受忍すべき義務があるところ、同法は一般法たる民法の特別法として民法に優先適用されるものであるから、民法第七〇九条は適用されない。しかるに本件の場合被告は同法の目的遂行の範囲内において、既設線条を利用し、事務机の脚に沿って立上り部分を新設し、電話機械を設備したに止まり、必要やむをえない工法により設置場所変更工事を施工したものであるから、原告には損害賠償請求権は発生しない。

3  なお原告は、本件のような工事を施工するに当っては、公衆電気通信法第八一条に準ずる措置を執るべきである旨主張するが、右法条は公衆電気通信業務の用に供する線路等を設置する場合に、他人の土地等を強制的に使用する公法上の権利を付与する根拠を定めたものであって、本件のように建物の所有者または占有者である加入電話加入者の請求により、法的な承諾義務のもとに工事を施工する場合とは、権利保護の度合を異にし、妥当しない。

4  また被告の設備した電話機械等は被告の所有であっても、その直接占有は設置場所の占有者に属し、被告は代理占有を有するに過ぎない。従って、被告の電話機械等の設置により、原告が損害を受けたとしても、その原因は加入電話加入者の直接占有取得にあるのであって、電話機械等の設置と損害との間には、因果関係はない。

5  仮りに、被告が電話機械等の設備により当該個所を不法占有するにいたったとしても、公衆電気通信法の目的、性質上違法性は阻却される。

6  次に、原告は、訴外日本読書新聞労働組合の占有等に関する被告の認定を不当であると主張するが、被告は同組合規約(乙第二号証の一)と通告書(同号証の二)の存在、訴外五十嵐が訴外日本読書新聞に勤務し、かつ訴外組合の書記長をしていて、当時本件建物に訴外組合旗が掲出され、労使交渉が行われているとの現場における訴外組合員の説明、本件建物の一階事務室において訴外組合の事務が行われていたこと、右事務遂行上必要とする事務机が存在していたこと等の事実にもとづいて、訴外組合が本件建物の一階事務室を占有し、かつ同室に組合事務所を置いているものと認定した。そして被告には右占有権原を調査すべき義務がないことは、公衆電気通信法第一、第三、第二八、第三四各条の趣旨により明らかである。従って、被告が訴外組合において本件建物一階事務室を占有し、組合事務所を置いているものと認定し、事務机に電話機械等を設備したことは正当である。

三  被告の主張に対する認否

被告の主張事実中、原告の主張に牴触する部分は、これを争う。

四  証拠≪省略≫

理由

一  請求の原因1の事実と、同2の事実のうち、被告が本件建物の一部を占有使用した事実を除く部分については、当事者間に争いがない。

二  そこでまず、本件の電話機械等を設備した結果、被告が本件建物の一部について占有を取得するかどうかについて考察すると、(1)本件電話機械等は、加入電話加入者である訴外五十嵐清治の直接的所持に置かれ、所有者である被告は右訴外人の所持を介し、間接的に所持を有していた。すなわち形態的には、被告は代理占有を有していたと見ることが相当である。(2)ところが本件電話機械等は、一たん設備された以上、それ自体は動産であっても、みだりに設備個所から移動、撤去することができず、いわば本件建物に固定化されるので、本件電話機械等の占有は固定化された設備個所の範囲において本件建物の一部の占有を伴うものと思料される。従って、被告は本件の電話機械等を設備した結果、右訴外人の所持を介し、設備個所の範囲において本件建物の一部について代理占有を取得したものというべきである。

三  (建物所有者の承諾の要否について)

1  ≪証拠省略≫によれば、原告は、本件の電話機械の設備工事に先立ち、昭和五〇年六月三〇日付の文書をもって被告公社総裁と大塚電話局長に対し、訴外五十嵐の加入電話設置場所を本件建物内に変更することを拒否する旨の通告をしたこと、を認めることができる。

右認定に反する証拠はない。

2  しかしながら、被告としては、加入電話加入者から加入電話設置場所変更の請求を受けたときは、公衆電気通信法第三四条第一項、第三五条、第三〇条第一項ないし第三項の規定に従い、法定の除外事由に当らない限り、右請求を承諾すべき義務を負っているものであって、加入電話を設置すべき建物の所有者の承諾のないことは、法定の除外事由として定められていない。そのことは公衆電気通信役務が国民の生活上必須のものであるため、これを可及的に提供することにより公共の福祉の増進を計るべき要請にもとづくことは勿論であるが(同法第一条参照)、なお加えて云えば、加入電話加入者はすくなくともその設置場所の占有を有することが当然の前提であって、占有者は一応適法に占有していると見られる反面(民法第一八八条)、被告が占有の正権原の有無を調査、認定することは不適当かつ困難であって、かえって迅速かつあまねく公衆電気通信役務を提供すべき法目的が阻害されるおそれがあることにもよる、と思料される。

要するに、公衆電気通信法は、被告において加入電話設置場所変更請求を承諾するについては、建物所有者の承諾を要件としない趣旨であって、その結果被告が建物の一部を権原なく占有し、建物所有者に損害を与えるにいたったとしても、手続上故意過失のない限り、民事上の損害賠償責任(違法性)を阻却されるものと解するのが相当である。

四  (第三者の権利の保護措置について)

原告は、本件のような工事を施工するに当っては、公衆電気通信法第八二条に準ずる措置を執るべきである旨主張する。しかし、同条は、公衆電気通信業務の用に供する線路、空中線等を設置するため第三者の土地等を強制的に使用する場合の規定であって、本件の場合とは設置すべき設備の規模その他の条件を異にするので、保護すべき法益の均衡を欠くばかりでなく、原告主張のような措置を講ずるときは、かえって公衆電気通信役務の迅速化の要請に反するおそれがある。

五  (公衆電気通信法第二八条の要件の存否について)

1  被告が訴外組合において本件建物一階事務室内に事務所を置き、同事務室を占有していると認定したことは、当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫によれば、次の事実を認定することができる。他に認定を左右すべき証拠はない。

(1)  被告の大塚電話局第一営業課は、昭和五〇年六月二四日訴外五十嵐から加入電話を本件建物内の訴外組合内に設置場所を変更する請求を受け、かつ確認資料として訴外組合規約、通告書、郵便物の封筒の提出を受けたが、これらの文書には、訴外組合は原告の事務局に働らく労働者をもって組織し、事務所を本件建物内に置くこと、右訴外人は訴外組合の事務を総括する書記長の地位にあることが記載されていたので、同月二五日右請求を承諾した上、工事担当の第一電話設備課に事務を移したこと。

(2)  第一電話設備課では同課長等が同月二五日直接本件建物に赴き、加入電話を設置すべき場所を見分したが、当時本件建物では労働争議中であって組合員が集っており、その組合員の一人から訴外五十嵐の事務机の上に電話機械を設備するように指示されたので、同年七月一日右机に設備工事を施工したこと。

(3)  なお、被告は、業務処理上労働組合の委員長、副委員長、書記長の三役を加入電話加入契約上組合代表者として取り扱っていること。

右認定の事実によれば、被告において訴外五十嵐が代表者の一人となっている訴外組合が本件電話機械の設備個所を占有していると認めて設置場所変更工事を施工したことは客観的にも相当であって、手続的に違法のかどはない。

原告は、訴外組合が実在せず、本件の電話機械の設備個所について訴外組合との間に貸借関係もなかった旨主張するが、実際に労働組合や貸借関係が存在していたかどうかは問題でなく、被告において労働組合が存在し、組合によって電話機械を設備すべき個所が占有されていると認定したことについて客観的な相当性があれば十分である。

六  以上の次第で、原告の請求は理由がないので、これを棄却し、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田向年雄)

〈以下省略〉

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